幸福な境地 1/2   

三連休は老母と京都へ行って来た。

養護施設にいる母の古い友達のおばさんに会いにいくためだ。

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紅葉の季節の三連休。 籏を掲げたツアコンに付いて歩く、絵に描いたような外国人の団体客で京都はごった返していた。

娘であるE姉からは、おばちゃんは認知症が進んでもう我娘さえわからなくなっている、私と母が行っても何もわからないだろう、と聞いていた。

施設はお寺の中にあり、お寺といっても京都では丘が丸ごとひとつのお寺だから、竹林の中にある小さな旅館といった感じ。

下がデイケアセンターで上が認知症の人たちのグループホームになっている。

景観にとけこんでいて、内装も木の風合いをいかしたいかにも京都らしい風情だ。

その瀟洒なホームで、私たちは車椅子に乗ったおばちゃんに面会した。

おばちゃんはにこにこして、お二人に会えて嬉しい、と言った。

もちろん、お二人、といってもあれほど親しくしていたというのに、 どういう「お二人」なのかはまったく分かってはいない。

ただその笑顔は以前のおばちゃんとまったくかわらず、なんというか意志のある笑顔で、見るからに満ち足りている。

誰だって老いれば心身ともに衰える。 私にしてもいつかはそうなる。

でもどうせ認知症になるのなら、せめてああいうふうに幸福な境地に達していたいものだ。

おばちゃんが幸福な境地にいるのは、恵まれた環境にいるからだとも言えるが、いくらそうであったとしても、認知症の老人の中には陰険な表情が貼り突いている人もいる。

あれでは本人もきついだろう。

E姉の話では、合う薬があり、そのおかげで怒りや不安といったマイナスな感情が消えているからだという。

入所したばかりの頃はマイナスな感情が優勢で毒舌キャラが板につき、仲の悪いおばあさんに死ねとか言っていたらしい。

人格的にああいう惚け方になったわけではなく、あれは薬のおかげだ、とE姉は言う。

いろいろな考え方があるだろうが、私なら薬を飲ませてもらったほうがいい。

それこそ歯痛で痛み止めを飲むのと同じことだ。

よし、甥っ子には一応耳に入れておこう。

母もどこか安心したようで、写真撮影をしてから再会を約束して、私たちは竹林のホームを後にした。・・・以下 次回・・・

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